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千種町について
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播磨国風土記に「敷草村、敷草為神座故曰敷草」と記され、古くは「敷草村」と呼ばれ、後に「千草」、明治22年村制の施行で「千種村」となりました。古代から明治まで、日本刀の原材料として名声をはせた「千種鉄」や「たたら製鉄所」の遺跡が町内のいたる所で見られるなど、和鉄の郷として繁栄してきました。また、清流千種川と1,000m級の山々(中国山地)の豊かな大自然に育まれ、昭和50年代初期まで農林産物の生産地として栄えました。
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ちくさ高原
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ちくさ高原は、兵庫県と岡山県と鳥取県の県境、兵庫県宍粟市にある高原で、標高850~1125mに位置し、「氷ノ山・後山那岐山国定公園」の区域に指定されています。ここ「ちくさ高原」には、スキー場や温泉、フィッシングパークなどレジャー施設が整い、四季を通じて楽しむことができます。
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また、同高原のネイチャーランドには、殺菌効果があり長期保存しても腐りにくく、飲用・浴用どちらにも効果がある「ラドン泉水」も湧き出しています。
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ちくさ高原・ゆり園(休園)
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天児屋鉄山跡・たたらの里
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ここ「たたらの里」では、播磨国風土記にも記され古代より鉄を造っていたそうです。天児屋鉄山は、中世以降、備前の刀匠たちに珍重され数々の名刀を残し、生産・生活用具の原料鉄の産地として知られていました。ここの特徴は、設備ごとに整然とした石垣群で区画された約400㎡の広大な遺跡です。
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たたらの里学習館は、「天児屋鉄山遺跡山内復元模型」の展示、解説ビデオによる「製鉄の歴史や工程」、「鉄穴流し唄」など見学できます。
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下記の地図で所在地をご確認ください。
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播磨観光情報「のんびり播磨、ゆっくり散策」は、播磨の観光スポットや観光ルート、播磨の伝統文化、播磨のうまいもん、播磨のお祭りやイベント、播磨の文化が体験できる体験情報など、キメ細かく紹介する観光情報サイトです。
2017年1月7日土曜日
ちくさ高原と鉄の産地「たたらの里」を訪ねて
2017年1月6日金曜日
播磨国一宮・伊和神社と日本酒発祥の地「一宮」を訪ねて
一宮町について
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一宮町の由来は、伊和神社が播磨国一の宮であることが由来だそうです。播磨国風土記によれば、伊和大神は揖保川流域を中心に西播磨一帯を支配した大勢力が尊崇(そんすう)した神です。ここ一宮町は、縄文時代から中世にかけて大規模な複合遺跡・竪穴式住居による家原遺跡が発見されるなど、兵庫県の縄文時代の指標ともなる重要な遺跡や国重要文化財・御形神社など歴史・文化遺産を数多く有しています。
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播磨国一の宮・伊和神社
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播磨国の一の宮・伊和神社は、総氏神様と崇められ、農・工・商業等産業の神・縁結びの神・福の神・病気平癒の神・交通安全の神として知られています。本殿裏の「鶴石」の伝説は有名で、一夜のうちに杉・桧等が群生して多くの鶴が舞っており、大きな二羽の白鶴が石の上に北向きに眠っていたので、そこに社殿を造営したと伝えられています。珍しい北向きの社殿もそのためだと言われています。約5万5千㎡の広大な境内には、夫婦杉をはじめ、杉・桧等の大樹が繁茂しています。毎年10月15・16日に秋季大祭も有名です。
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新田義貞寄進の梵鐘
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南北朝時代の武将・新田義貞(播磨守)の発願(国土安穏・家運隆盛を祈願)によって鋳造された梵鐘(ぼんしょう)は、伊和神社の神前にかけられたものといわれています。宍粟市文化財に指定されています。
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道の駅・いちのみや
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八幡神社の農村歌舞伎舞台
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八幡神社境内内の芝居堂は、1903年(明治36年)若衆らが中心となり、赤穂から工匠を招き、建てられたものだそうです。
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普門寺
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日本酒発祥の地・庭田神社
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庭田(にわた)神社は、伊和大神が食料の乾飯(かれいい:米を蒸して干したもの)を川に浸して柔らかくなるのを待っているとカビが生え、この飯から酒を醸造させて酒宴を開いたという伝承が残っています。その霊跡を称えて奉ったのがこの庭田神社であり、近くの「ぬくゐ川」と呼ばれる川が日本で初めて酒を造った場所といわれています。
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日本酒発祥の地・ぬくゐ川
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下記の地図で所在地をご確認ください。
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2017年1月5日木曜日
音水湖(引原ダム)と原不動周辺を訪ねて
波賀町について
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波賀町の由来は、播磨風土記に出てくる雲箇里(うるかのさと)の波加村で、平安時代・京都石清水八幡宮の荘園(しょうえん:有力な貴族や寺院がもつ田畑のこと)に組み入れられ「伯可荘」「はかの庄」と呼ばれていたことから名付けられたそうです。
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長源寺
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音水湖畔の高台に佇む長源寺は、平安時代 征夷大将軍坂上田村麿の一子氏助公が、参拝者の繁栄と、揖保川流域の水の恵みを願って、観世音菩薩と弁財天を祭祀された伝説を起こりとし、祈りの寺として現在に至っています。又、豊臣秀吉が、鳥取城攻略の際に立ち寄り、沓(くつ)を脱いだとされる「太閤石」もあります。
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音水湖
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音水湖(おんずいこ:引原ダム)は、1957年(昭和32年)に完成し、湖底には引原部落が沈んでいます。展望公園には当時の写真が展示されています。カエデやブナなど緑に囲まれた引原ダム周遊路を歩くと周辺には、美術館や野外活動センター、ダム釣り公園、カヌー体験等が楽しめます。また、春には桜、秋には紅葉が楽しめます。毎年、7月下旬には「森と湖の祭典」を開催されています。
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道の駅はが
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波賀温泉・楓湯
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原不動滝
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ブナやモミなどの原生林に囲まれ、落差88mの岩肌を滑り落ちる姿はとても荘厳です。遊歩道も整備され、滝を眺望できる場所まで安全に行くことができます。1990年「日本の滝100選」に選定されました。原不動滝周辺には、温泉・キャンプ場・コテージ・観光りんご園・宿泊施設などがあります。
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下記の地図で所在地をご確認ください。
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2017年1月4日水曜日
智頭(ちず)急行・始発駅「上郡町」を訪ねて
冨萬寺・萬勝院
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冨萬寺(とどまじ)・萬勝院は、冨萬高原の山頂に行基菩薩の開祖と伝えられる寺院です。通称・ぼたん寺と呼ばれ、5月には140種2,000株を超える和洋多品種の「ぼたん」で有名なお寺です。また、山菜の精進料理(要予約)も有名です。
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白旗城址
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白旗城址(しらはたじょう)は、白旗山山頂に広がる全長470㎡の山城跡です。南北朝時代、赤松氏卒いる北朝軍は、新田義貞卒いる南朝軍の激しい攻撃をしのいだことから難攻不落の名城と伝えられています。国指定史跡に指定。
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小野豆高原
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小野豆(おのず)の集落は、壇ノ浦の合戦に破れた平家一族の重臣・平経盛(つねもり:平清盛の実弟)と家臣4人が、この山里に逃れてきたといわれています。小野豆に逃れた経盛は、源氏の追手に捕らえられ帰らぬ人となり、その後、家臣により五輪塔(平家さん)が祀られました。標高300mのこの集落は、上郡町に残る7つの山頂集落のひとつで高田周辺には、城跡や新山寺村跡があり、小野豆の高いところに今も神社や遥拝所(ようはいじょ)が残っています。
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東蔵
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上郡町の東蔵は、江戸末期から銘酒で知られた西脇酒造株式会社の醸場として、大正期に建造、平成7年修復されました。現在、醸造に使った道具類の展示や音楽・芸術の発表の場、ギャラリーとして活用されています。
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智頭急行と上郡駅
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智頭急行
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上郡駅
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1994年(平成6年)智頭急行が開業。智頭急行線の始発駅として鉄道ファンには有名です。上郡駅には智頭急行の他に、鳥取県の倉吉駅(一部は鳥取駅)と京都駅を結ぶ特急「スーパーはくと」が1日7往復、鳥取駅と岡山駅を結ぶ特急「スーパーいなば」が1日6往復しています。
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井ノ端墳墓群
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井ノ端墳墓群(ふんぼぐん)は、弥生時代後期につくられた墳丘墓(ふんきゅうぼ)です。この墳丘墓は、当時、村を治めた有力者が葬られています。「森と水のホテル・上郡ピュアランド山の里」の隣にあります。
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ピュアランド山の里
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髙嶺神社
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972年創建。播磨の国・西の天王さんは、厄除・農耕の神として知られています。4月の第2日曜日豊作を祈る農耕儀礼「お田植祭」が行われます。境内入口にある「千年杉」や秋の紅葉も有名です。
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下記の地図で所在地をご確認ください。
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