2017年6月30日金曜日

Y字路と播州織のまち・西脇市街地を訪ねて

西脇市について

西脇市は、播磨平野の北東に位置し、由良川と加古川が、但馬、丹波、播磨、大阪を結ぶ重要な水運ルートでした。陸路にも恵まれ、京へは住吉町から篠山へ通じる飛脚(ひきゃく)路は、コットン・ロードとして商人たちに親しまれました。また、姫路へは加東市を横切る姫路街道(社街道、国道372号線)が今でも重宝されています。

横尾忠則氏「Y字路」の原点

横尾氏のライフワーク「Y字路」シリーズの作品に登場する場所があります。2000年9月、通学路であったこの場所で「Y字路」の最初の作品を描いたそうです。
西脇市西脇椿坂の他に9か所

播州織工房館

のこぎり屋根でお馴染みの播州織の織物工場を活用した工房&アンテナショップです。店内ではシャツやジーンズ、ストール、バッグなど播州織グッズが販売されています。日曜日には、大型織機の実演もされています。
西脇市西脇452-1

旧来住家住宅

1918年(大正7年)建設された旧来住(きし)家住宅は、西脇商業銀行の創始者・来住梅吉氏の住居で、今では入手困難な木材や芸術的価値の高い調度品など贅を尽くした豪邸です。朝香宮殿下(あさかのみやでんか)や犬養毅(いぬかいつよし)なども滞在されました。母屋、離れ、客湯殿が国の登録有形文化財に登録されています。
西脇市西脇394-1

西脇市郷土資料館

木造大日如来坐像、郷土絵師・藤田石崖の絵馬など市指定文化財を多数収蔵しています。播州織を中心に織物の起源や行程、織機(しょっき)や管巻(くだまき:織機の杼 () に入れる管によこ糸を巻きつけること)の実物展示や江戸時代のくらしや特産物を紹介されています。
西脇市西脇790-14

成田山・法輪寺

成田山・法輪寺(ほうりんじ)は、千葉県成田市の「大本山成田山新勝寺」から認可を受けた成田山で、通称「播州西脇成田山」と呼ばれています。本堂中央のご本尊成田山不動尊(明王)は、京都の大仏師・松久宗林(まつひさそうりん)師の作で、成田市の大本山・第十八世松田照應貫首猊下の直々に入魂開眼されたものだそうです。
西脇市小坂町向山438-2

緑風台古窯陶芸館

緑風台窯址(りょくふうだいかまあと)が、発掘状態のまま展示された施設です。緑風台窯址は1・2号ともに窖窯(あながま)で、平安末期(12世紀末)に常滑(とこなめ)、瀬戸など東海地方諸窯の影響を受けた器(じき)系陶器窯のひとつで、西日本で唯一の窯だそうです。
西脇市野村町1813-11

長明寺

長明寺(ちょうめいじ)は、651年法道仙人の開基といわれています。ヌエ(平家物語等に登場するサルの顔にタヌキの胴体、トラの手足を持ち、尾はヘビという妖怪のこと)退治で有名な弓の達人・源頼政(よりまさ)の墓碑があるお寺です。歌人としても有名な頼政を偲ぶ歌碑が点在する裏山の散策もおすすめです。
西脇市高松町

下記の地図で所在地をご確認ください。



2017年6月29日木曜日

そろばんの町・小野市街地を訪ねて

小野市について

小野市は、東播磨地域のほぼ中央に位置し、加古川を中心として広大な平地となだらかな丘陵を自然環境とし、浄土寺などの歴史・文化を併せ持つ豊かな都市です。古くから「そろばん」の生産地として有名です。また、家庭用金物も有名で、播州鎌は兵庫県の伝統的工芸品に指定されています。

小野市伝統産業会館

小野市伝統産業会館には、小野市の伝統産業「そろばん博物館」が設けられ、昔のそろばんや海外のそろばん、小野市の特産品である家庭用刃物や木工芸品など多数展示されています。また、そろばん枠に玉を入れる「玉入れ」体験等もできるそうです。
そろばん
小野市王子町806-1

小野藩陣屋跡碑

1636年(寛永13年)、伊勢国・神戸(かんべ)藩5万石の大名だった一柳直盛(ひとつやなぎ なおもり)は、今までの功績を認められ、伊予国58,600石に播州加東郡1万石が増やされましたが、直盛は病で亡くなり所領は3分割され、それぞれを息子が引き継ぎました。小野藩陣屋跡は小野小学校から小野高校あたりにありました。小学校門横には陣屋の縄張り図陣屋跡があります。
小野市西本町477

小野市立好古館

好古館は、小野藩・一柳家の陣屋跡にある歴史博物館のことです。小野市の地理・歴史を紹介し、十二単(じゅうにひとえ)などの着付けや茶室柳風亭(りゅうふうてい)にて茶道教室なども開催されています。
小野市西本町477

住吉神社

小野住吉神社は、小野藩主・一柳家が氏神として崇敬(すうけい)した神社です。また、「愛犬の幸せ」「愛犬との幸せ」をご祈願する犬幸祈願(けんこうきがん)の神社として知られています。
小野市垂井町908

下記の地図で所在地をご確認ください。



2017年6月28日水曜日

ラベンダーパークの「多可町加美区」を訪ねて

多可町加美区について

田園風景が広がる多可町。中でも加美区岩座神集落には全国でも数少ない石垣のある棚田(日本の棚田百選のひとつ)が残っています。1997年(平成9年)、景観保全と都市住民との交流を目的として県内初の棚田オーナー制度を導入。田植え祭やかかし祭、刈り取り後の田んぼでコンサートなどのイベントが行われています。

敬老の日発祥の町・多可町

多可町は「敬老の日」発祥の町です。高さ約2㍍の石碑が現在も八千代公民館の玄関脇にあり、前面には「敬老の日提唱の地」と彫り込まれています。戦後の動乱期、野間谷村(旧八千代町)で初めて村主催の敬老会を開催し、長い間社会に貢献されてきたお年寄りに敬意を表すとともに、知識や人生経験を伝授してもらう場を設け、9月15日を「としよりの日」と定め、村独自の祝日としました。その結果、1966年(昭和41年)、「敬老の日」は「体育の日」などとともに国民の祝日に加えられました。

青玉神社と大杉

県指定文化財の大杉は、青玉神社の境内に7本あり、高さ50~60m、根回り8~11m、幹囲4~8m、樹齢約1000年といわれています。中でも、社殿裏山にある高さ60m、根回り11mの大杉は、地上8mの所から2つにわかれていることから夫婦杉と呼ばれています。
多可町加美区鳥羽735

杉原紙研究所・和紙博物館

杉原紙は、平安時代から室町時代にかけて朝廷や貴族に重宝された手漉(てす)き和紙です。明治時代には紙の原料である「こうぞ」が不足し、衰退してしまいますが、1970年(昭和45年)に復興し、和紙の自然の白さと風雅な美しさは、今でも受け継がれています。「杉原紙研究所」は杉原紙を使った製品の体験と販売、和紙博物館・寿岳(じゅがく)文庫は杉原紙の関係書物などを展示しています。
多可町加美区鳥羽768-46

ラベンダーパーク多可

西日本最大級のラベンダー園、敷地面積5haの園内には、地元の方々がひとつひとつ大切に育てたラベンダーが、4品種約16,000株植栽されています。このラベンダーパーク多可は、さわやかな風が吹き抜けるなだらかな丘陵地にあり、眼下には棚田の原風景、見上げれば東播磨の最高峰千ヶ峰(1005m)が望め、振り返れば丹波霧が見渡せる大井戸山(おおいどやま:794m)が雄壮な姿を見せ、絶好のロケーションが楽しめます。
多可町加美区轟799-127

ハーモニーパーク

北播磨の最高峰・千ヶ峰(1,006m)のすそ野に広がる15haの園内には、四季折々の果物や花木(かぼく)でいっぱいです。また、コテージやりんご園(1.2ha)、栗園(1.2ha)、梨(0.9ha)、宿泊施設6棟があります。
多可町加美区三谷663-1

岩座神棚田

鎌倉時代につくられたといわれている石垣の棚田です。 日本の原風景とも呼べる棚田の景色は、日本の棚田百選にも選ばれ、その美しさは西日本一といわれています。岩座神地区では、棚田オーナー制度も取り入れています。秋には刈り取られた田んぼで「棚田コンサート」も開催されています。
多可町加美区岩座神

下記の地図で所在地をご確認ください。



2017年6月27日火曜日

兵法家・竹中半兵衛と東光寺周辺を訪ねて

東光寺

東光寺(とうこうじ)は、高野山・真言宗で行基の開基といわれています。室町時代の本堂は、国の重要文化財に指定されています。当時は、広大な寺域と多くの僧坊が建っていたといわれています。また、桜と紅葉の名所として知られています。
三木市吉川町福吉261

連花寺

連花寺(れんげじ)は、真言宗・大覚寺派のお寺です。645年、法道仙人の開基といわれ、空海(弘法大師)の修行地と伝えられています。954年、村上天皇の勅命(ちょくめい)で中興され、蓮花寺と称するようになりました。寺領16町4面、18院33坊の大寺院として栄えましたが、1579年(天正7年)秀吉の三木攻めの兵火により焼失してしまいました。江戸時代に再建された本堂、多宝塔(たほうとう)、鐘楼(しょうろう)、仁王門など七堂伽藍(がらん)が残っています。鐘楼の梵鐘(ぼんしょう)には1346年(貞和2年)と刻まれており、県の指定文化財に指定されています。2月の節分は、鬼の面をかぶりタイマツをふりかざして踊る豪壮な行事です。この寺も、紅葉の名所としても知られています。
三木市口吉川町蓮花寺188

伽耶院

伽耶院(がやいん)は7世紀中頃、法道仙人が毘沙門天のおつげによって創建したという神秘的なお寺です。花山天皇の行幸もあり、最盛期は数十の堂宇(どうう:建物)と百三十余の坊(ぼう:社務所や僧侶の住まいのこと)があったといわれています。秀吉の三木攻めの兵火で焼失してしまいました。その後、江戸時代に姫路城主・池田輝政や明石城主・小笠原忠真らに帰依(きえ)され、一部再建されました。本堂・多宝塔・三坂明神社本殿・木造毘沙門天立像は、いずれも国の重要文化財に指定されています。体育の日の採燈大護摩(さいとうおおごま)には、山伏(やまぶし)姿の修験者が近畿一円から集まり、全山にホラの音がこだまし煙が立ちこめます。
三木市志染町大谷410

御坂サイフォン橋

御坂(みさか:眼鏡橋)サイフォン橋は、イギリス陸軍少将・パーマー氏の設計により、志染(しじみ)川の清流にかかる我が国最初のサイフォン(噴水管)橋で、1891年(明治24年)に完成しました。山から谷を通って向かいの山へ水を運ぶ、疎水(そすい)工事は、当時としては画期的な大事業で、1世紀以上経った今日でも立派な役割を果たしています。
三木市志染町御坂

竹中半兵衛の墓

竹中半兵衛(本名・重治(しげはる)は、「半兵衛」と呼ばれていました。美濃(岐阜県)出身の兵法家で、秀吉の片腕として活躍していましたが、三木合戦の最中、平井山の陣中において36歳の若さで病死してしまいます。本営のあった山に続くぶどう畑の真ん中に白い練り塀に囲まれた墓があります。
半兵衛の墓は、志染(しじみ)町安福田(あぶた)にもあります。
三木市平井

慈眼寺

慈眼寺(じげんじ)は、648年法道仙人の開基といわれています。一時、慈眼寺は荒廃しましたが、南北朝時代に播磨の守護・赤松則村(のりむら:法名、円心)によって再興されました。境内には、1868年(明治元年)東京両国の回向院(えんこういん)から分墓した鼠形(ねずみがた)の石の台座に墓碑を乗せた「鼠小僧(ねずみこぞう)次郎吉の墓」が祀られています。1309年(延慶2年)と刻まれた梵鐘(ぼんしょう:仏教で時を知らせるために打鳴らす鐘のこと。)は、県指定文化財に指定されています。この梵鐘は、三木合戦の際、秀吉の武将・有馬法印則頼(ありまほういんのりより)が寺の裏山に布陣し、陣鐘(じんがね)に使用していたといわれています。また、慈眼寺は紅葉の名所としても知られています。
三木市久留美1722

金剛寺

金剛寺(こんごうじ)は、651年法道仙人の開基。825年、空海が諸国修業で立ち寄り、カヤの木で薬師如来を刻み、一堂を建立したと伝えられています。天正(備中)の兵乱で堂塔(どうとう)を失いましたが、大村由巳(ゆうこ:安土桃山時代の文学者)の尽力で1665年(寛文5年)に本堂が再建されました。
三木市大村1041

法界寺・別所家霊廟

1580年(天正8年)正月17日、秀吉の三木城攻めで敗れた城主・別所長治が自刃(じじん)し、その遺体を法界寺(ほうかいじ)に埋めたと伝えられています。霊廟(れいびょう)や別所長治夫妻の霊牌(れいはい)及び画像・木像があります。毎年4月17日には、三木合戦記を絵物語にした大掛軸を使い絵解(えと)きが行われます。
三木市別所町東這田51

下記の地図で所在地をご確認ください。