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2017年8月28日月曜日
2017年8月17日木曜日
官兵衛の妻鹿城跡と山電妻鹿駅周辺を訪ねて
妻鹿について
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江戸中期から漁業が活発になり、1926年(大正5年)妻鹿魚市場が創設されたことにより、播磨一円に販路を拡大しましたが、1960年(昭和35年)姫路市中央卸売市場が開設し、同年妻鹿沖の埋め立て工事が始まり、出光興産兵庫製油所の建設、1961年(昭和36年)関西電力姫路第二発電所の建設を開始。1982年(昭和57年)妻鹿漁港の埋め立て完了。妻鹿地区は大きく変容しました。
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妻鹿城跡
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妻鹿城跡(別名:国府山城)は、市川右岸の標高98mの甲山に築かれた山城で、1580年(天正8年)秀吉に姫路城を渡し、黒田官兵衛は父・職隆とともに移り住みました。
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山の麓にある「妻鹿城址」の碑は1970年(昭和45年)建立されました。
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荒神社
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竈の神さんの他に、子どもの百日咳や喘息にご利益のある神社として親しまれています。神饌(しんせん:お供え物)には必ず獰猛(どうもう)な顔をした「おこぜ」が供されます。それは、荒神(あらぶる神)と「おこぜ」が似ているからだそうです。元来は山のあらぶる神を祀ったのが始まりで次第に信仰の形を変え、現在では「三宝荒神」の信仰と併行している。
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黒田職隆公廟所
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黒田職隆公廟所(くろだともたかこうびょうしょ)は、黒田官兵衛の父・職隆の廟所で、地元の人達からは「筑前さん」と呼ばれています。
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旧妻鹿村役場跡
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1889年(明治22年)4月市制町村制施行により、飾東郡妻鹿村となり、役場を置いた。1927年(昭和2年)飾磨郡妻鹿町役場、1938年(昭和13年)飾磨町妻鹿出張所、1940年(昭和15年)飾磨市妻鹿出張所。1946年(昭和21年)姫路市に合併後、姫路市飾磨支所妻鹿出張所。
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妻鹿町資料館
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1992年(平成4年)開館。妻鹿で出土した土器や秋祭りに使用された衣類などが展示されています。
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神宮寺
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松原八正寺に属する真言宗のお寺。本尊は千手観音。地元では、観音さんと親しまれています。「塩がまさん」は、安産の神として信仰されています。
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金比羅さん
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参献灯とある常夜灯を祀り、海上の安全を祈願し、妻鹿漁港の「目印」だったそうです。
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妻鹿漁港・魚市場跡
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1916年(大正5年)川原の寄州(よりす)一帯を埋め立て「妻鹿魚市場」を創設。1923年(大正12年)神戸姫路電気鉄道(山陽電鉄の前身)開通や自動車の普及により、問屋は魚を保管する倉庫を建設し、販路を播州一円や但馬方面にまで広げた。戦後、妻鹿魚市場は復活。1960年(昭和35年)姫路市中央卸売市場が開設し、1969年(昭和44年)魚市場は廃止になりました。
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御幸岩神社
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御幸岩神社(ごこういわ)は、神功皇后が岩の上に立って、水路を眺めたという伝説から、神社前の海中にあって干潮時に露出する岩を御幸岩とよんだ。今は埋め立てられ、その一部が東海公園にある。
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御旅山八幡神社
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松原八幡神社の御旅所。灘のけんか祭りに、ゴイナ落としの神事などを行い、3基の神輿のからみ合いは豪壮華麗です。
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下記の地図で所在地をご確認ください。
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2017年8月16日水曜日
行基伝説の寺と歴史遺産のまち「的形町」を訪ねて
的形町について
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的形町は、地形が弓の形に似たところから名付けられました。ここ的形町は、優れた名勝・史跡・古歌・伝説・民謡などを合わせ持つ「歴史の宝庫」といわれています。古代の古墳、岩石信仰、行基伝説にまつわる寺院創建、的形・福泊両城、地蔵などの石造物、禅寺の庭園など各時代の特徴をあらわす多くの文化財が良好な状態で保存されています。神社が11社・寺院が9ヶ寺残っています。
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方宝寺の庭園
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万宝寺の庭園は池泉観賞式庭園で、千利休の孫・宗旦(そうたん)の高弟・杉木普斎の作庭と伝えられています。1664年(寛文4年)慶雲寺・大悲弘済禅師が開祖。二代目住職は、的形の廻船問屋・中村勘兵衛の次男・鉄心で、本堂建立など伽藍(がらん:寺院の建築物のこと)を整備した。
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天皇神社
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天皇神社(すめらみこと:北山河天王神社)は、1875年(明治8年)小祠(しょうし)を改築し、廣峯神社の祭神・牛頭天王(ごずてんのう:素戔嗚尊)を勧請(かんじょう)して再興。地元では、「てんのうさん」と呼ばれています。
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湊神社
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素戔嗚尊(すさのおのみこと)・大歳大神(おおとしのおおかみ)を祀る的形の氏神。創建は奈良時代といわれている。2010年(平成22年)からの大修理で、本殿は300年、幣殿・拝殿は140年ぶりに改築された。石段脇に古代・中世・近代の的形を詠(よ)んだ歌碑三基がある。
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八幡神社
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古代、的形の湊と呼ばれる入り江の真ん中の島が境内地。神功天皇の謝儀伝説によって八幡大神が奉祀(ほうし)されました。湊神社と密接な関係にあり、お旅所として10月14日の秋季例大祭には、盛大な渡御行列が行われる。
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海嶽寺
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海嶽寺(かいがくじ)は、的形町内の寺院では最古。行基が開基と伝えらえている。中世に、紀州の無乃禅師が中興し、江戸時代に現在地で再興。
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住吉神社
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平安時代、大阪・住吉大社から分霊を勧請して創建されました。境内にある「志ぐれ松」の碑は、真夏にこの松の下に立ち寄ると松葉から落ちる水玉で、衣類が通り雨にあったようになったため名付けられました。
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行基が鼻
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磯山の南、奈良時代の髙僧・行基が上陸したとの伝説がある。
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若宮神社
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応神天皇を祀る。江戸中期、良寛が播州を行脚の途中、ここの境内で野宿したといわれています。その時の歌「おもひきや みちの芝草 打ち敷きて こよひも同じ 仮寝せんとは」
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福泊神社
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16世紀中頃(戦国時代)の建築と推定され、姫路市内に残る数少ない「一間社隅木入春日造」です。2001年(平成13年)姫路市の重要文化財に指定されました。
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小赤壁
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小赤壁は、福泊から木場へ続く一帯の海岸で、灯籠地山・姫御前山・木庭山の奇岩巨石が海に迫る絶景の景勝地です。1825年(文政8年)頼山陽がここに一夕の清遊をこころみ、中国の・武漢の名勝地・赤壁なぞらえて名付けたそうです。
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八家地蔵
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八家地蔵は、江戸時代の「播磨名所縦覧図絵」で紹介され、「子授け地蔵」として有名です。1996年(平成8年)、姫路市指定重要有形文化財(彫刻)に指定されました。
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下記の地図で所在地をご確認ください。
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