高砂神社
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松どころ高砂でも特に有名なのが高砂神社の「相生の松」です。この神社は、神功(じんぐう)皇后が出兵のとき、大己貴命(おおなむちのみこと)の神助(しんじょ)を得て敵を平げ、帰途この地に国家鎮護(ちんご)のために大己貴命を祀られたのが始まりで、創建まもなく境内に生え出たのが「相生の松」だといわれています。
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相生の松
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相生の松は、根が一つで雌雄の幹が左右に分かれた松のことで、ある日、尉と姥(じょうとうば)の二神が現れ「神霊をこの木に宿し、世に夫婦の道を示さん」と告げたことから、霊松(れいしょう)として人々の信仰を集めるようになりました。
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播州松巡り
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高砂染ゆかりの地
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高砂染は江戸時代、姫路藩を代表する特産品の一つとして生産された染物です。その模様は、高砂の「相生の松」がモチーフといわれ、松葉や松かさ、尉と姥(じょうとうば)などが二重の型染(かたぞめ)で表されています。文献によると、江戸時代中期には製作されていたことや、幕府への献上品として用いられていたこと、昭和初期まで販売されていたことなどが分かっています。江戸時代初期、尾崎庄兵衛が創案した「おぼろ染」が世に認められ、「高砂染」と改称、高砂の名産となりました。
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高砂海浜公園
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白砂青松と青い海に浮かぶ人工島が広がる高砂海浜公園は、水遊びや釣り・散歩など、四季を通じて楽しめます。隣接する向島公園には野球場やテニスコートなどがあります。
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下記の地図で所在地をご確認ください。
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播磨観光情報「のんびり播磨、ゆっくり散策」は、播磨の観光スポットや観光ルート、播磨の伝統文化、播磨のうまいもん、播磨のお祭りやイベント、播磨の文化が体験できる体験情報など、キメ細かく紹介する観光情報サイトです。
2017年12月21日木曜日
高砂市の市街地・堀川地区の文化財を訪ねて 2
2017年6月20日火曜日
国宝・鶴林寺と浜の宮公園周辺を訪ねて
鶴林寺
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589年、聖徳太子が16歳の頃、仏教をひろめるための道場「鶴林寺」(かくりんじ)を秦河勝(はたのかわかつ)に命じ造らせました。釈迦三尊と四天王を祀り「四天王寺聖霊院(しょうりょういん)」と称されたのがこの寺の始まりで、地元では「播磨の法隆寺」と呼ばれています。平安時代の壁画が見つかった県下最古の木造建築物・国宝・太子堂や、泥棒が盗み出し壊そうとしたら「アイタタ」という声が聞こえてきたため、改心したと伝えられている「銅造聖観音立像」など、多くの文化財が残っています。
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太子堂
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三重塔
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播州松巡り
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尾上神社と尾上の松
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祭神は、海の神様「住吉大明神」です。境内には、謡曲「高砂」に謡われた相生霊松「尾上の松」があります。一つの根から男松(黒松)と女松(赤松)が生えている姿は、相生の霊松として信仰を集めています。ちなにみ、現在の松は8代目だそうです。また、「尾上の鐘(朝鮮鐘:国重要文化財)」も有名で、その昔、海賊に盗まれ海に沈められてしまいます。その後、漁師に引き上げられ高野山に奉納されましたが、鐘をつくたびの「おのえへ、いの~」と聞こえたため、尾上神社に戻されたそうです。
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尾上の松
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白旗観音寺
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白旗(しらはた)観音寺は、917年(延喜16年)、阿蘇友成(あそうともなり)がこの地に立ち寄った際、観音様のお告げに従い一宇(いちう:お堂)を立て観音像を安置し、地元の人達が建立したといわれています。ある日、観音様のお告げの通り白布を舟印にすると、荒波でも風波を受けなかったため、漁師は舟印に白布を使うようになったそうです。それから、この寺を「白旗観音寺」と呼ぶようになったそうです。
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浜宮天神社と加古の浜松
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昔、加古川市の浜手は、「加古の松原」といわれていました。ここ浜の宮公園は、加古川市の木「黒松」が群生する公園です。公園の西隣は、菅原道真公を祀る浜宮天神社です。境内には道真公お手植えの「加古の浜松」があります。ちなみに、現在の松は、2代目で樹齢約500年だそうです。
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加古の浜松
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住吉神社と手枕の松
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境内にある「手枕(てまくら)の松」は、松が横に傾き、腕枕のように見えることから別府出身の俳人・滝瓢水(たき ひょうすい)が「手枕の松」と名付けました。ちなみに、現代の松は3代目だそうです。
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手枕の松
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多木浜洋館
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多木(たき)浜洋館は、多木化学の創業者・多木久米次郎が賓客(ひんきゃく)を迎えるため建設されました。約10年の工期を経て1933年(昭和8年)に完成した浜洋館は、贅を尽くした4階建てで、屋根や外壁に銅版を張りめぐらせていることから「あかがね御殿」と呼ばれています。2002年(平成14年)国の登録文化財となりました。
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下記の地図で所在地をご確認ください。
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東播磨の観光、加古川市・高砂市を訪ねて
2017年6月19日月曜日
日岡神社とJR加古川駅周辺を訪ねて
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加古川市について
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加古川市は、兵庫県南部の播磨灘に面し、「鶴林寺」などの神社仏閣や加古川の清流と豊かな緑を擁した文化遺産の多いまちです。また、四季折々の味覚が楽しめる「みとろフルーツパーク・みとろ観光果樹園」や戦後まもなく、加古川駅前の食堂で考案されたという「かつめし」が有名です。
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日岡神社
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主神は天伊佐々彦命(あめのいささひこのみこと)です。景行(けいこう)天皇の皇后・稲日大郎姫(いなびのおおいらつめ)が御懐妊された際、最初の皇子が大変難産だったため、七日七晩天伊佐々彦命が安産を祖神(おやがみ:天照大神のこと)に祈願したところ、無事御出産されました。このことから「安産の神様」としてその名を馳せ、播磨随一の大社となりました。秋になれば日岡神社の参道に咲く「萩の花」は有名です。
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日岡御陵
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日岡神社の社殿に向かって右手前に日岡御陵(ひおかごりょう)への表参道があります。日岡山公園内にある大きな前方後円墳が「日岡御陵」で、景行天皇の皇后・稲日大郎姫のお墓だといわれています。
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加古川宿陣の屋跡
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光念寺
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光念寺(こうねんじ)は、真宗の寺院で本尊は阿弥陀如来です。1596年(慶長元年)本多西賢(ほんだ さいけん)の創始といわれています。境内に俳人・松岡青蘿の墓・賢彰碑があります。三代目・龍心の妻は赤穂義士・原惣右衛門の妹、惣右衛門ゆかりの書状や枕屏風(源平屋島合戦)、大石良雄の桜石が残っています。
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春日神社
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春日(かすが)神社は、1186年(文治2年)雁南庄(がんなんしょう)の領主・糟屋有季(かすやありすえ)が奈良本宮の春日大社から分霊を迎えて建立しました。境内には、赤い壁が印象的な丸亀神社(通称:赤壁さん)があり、化け猫話の伝説があり、映画化もされたそうです。
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ニッケ社宅倶楽部
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ここ春日神社の近くには、桜で有名な加古川唯一の異人館・ニッケ社宅倶楽部があります。
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称名寺
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称名寺(しょうみょうじ)は、真言宗の寺院で本尊は阿弥陀如来です。この寺一帯は、その昔、加古川城でした。1577年(天正5年)秀吉が糟屋(かすや)の館へ立ち寄った際、加古川城主・糟屋助右衛門は秀吉について小姓頭となり、賤ヶ岳(しずがたけ)七本槍の一人として武名をあげました。山門を入るとイチョウの大木があり、この木は、昔から加古川の町の目印だったそうです。
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泊神社
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神代に伊勢神宮の御神体の一つ「御鏡(おかがみ)」がここに泊まりついたことから泊神社(とまり)が起こったといわれています。祭神は、天照大神(あまてらすおおみかみ)・小彦名神(すくなひこなのかみ)・国懸大神(くにかかすのおおかみ)です。1653年(承応2年)、宮本武蔵の養子・宮本伊織(いおり)が改築した時のモノといわれています。境内には、南北朝時代の石弾城(いしはじきじょう)の石垣と思われるモノや伊織寄贈の花崗岩(かこうがん)の灯篭(とうろう)、市指定文化財の36歌仙(平安時代の和歌の名人36名のこと)図絵馬が残っています。
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2017年6月17日土曜日
みとろフルーツパークとその周辺を訪ねて
宗佐厄神八幡神社
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宗佐厄神八幡神社(そうさやくじんはちまん)は、「厄神さん」の愛称で知られています。この神社の厄除大祭は、播磨の三大祭りの一つです。この厄神さんは、古来の伝統を重んじ、厄年も昔ながらの数え年で計算するのと同じ理由から旧暦に従い、毎年2月18・19日に行われています。
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みとろフルーツパーク
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このフルーツパークには、熱帯果樹と観葉植物が約3,800本あり、年中南国気分が味わえます。野菜のもぎ取り等の農業体験ができる観光農園、明石海峡大橋まで見渡せる展望台等の施設があります。隣接する「みとろ観光果樹園」では、初夏から秋にかけて李(すもも)・葡萄・栗・柿狩りが楽しめます。
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みとろ苑
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江戸時代、綿花栽培で豪農となった地主・大西家。その9代目・甚一平(じんいちへい)の別宅として、1918年(大正7年)に完成しました。当時、経済難・気候不順が重なり農民の生活が苦しくなっており、その救済事業として村人に仕事を与えるために建てられたといわれています。当時の村人を総動員して、完成まで7年の長きに渡る歳月を要したそうです。
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長楽寺
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長楽寺(ちょうらくじ)は、713年(和銅6年)慈心上人が開基した浄土宗の寺院です。高倉天皇が中宮建礼門院(ちゅうぐうけんれいもんいん)の安産を念じ、丹波老の坂(おいのさか)の地蔵尊に祈願されると、いとも簡単に玉のような皇子を拾い上げたことから、平清盛に命じ、全国60余州の国々に一体ずつ安置させたモノが、本尊の「木造地蔵菩薩半跏像(国重要文化財)」です。秀吉の播磨攻めで、長楽寺の伽藍(がらん)は焼失しましたが、住職が本尊の「木造地蔵菩薩半跏像」を抱いて身を隠し、兵火から守ったといわれています。
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円照寺
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円照寺(えんしょうじ)は、花の寺として知られ、3月から11月までクリスマスローズや椿・ユキヤナギ・アジサイなど沢山の花が楽しめます。
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ラベル:
東播磨の観光、加古川市・高砂市を訪ねて
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