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National Treasure
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日本に存する建造物、美術工芸品、文書などの文化財のうち、とくに「国の宝」というべき価値高いものとして選ばれ指定されたものです。古くは古社寺保存法および国宝保存法によって指定されましたが、1950年「文化財保護法」が制定され、それまで国宝保存法によって指定された6,847件の国宝をいったん重要文化財とし、その中からあらためて国宝181件を新指定されました。指定基準は「重要文化財のうち世界文化の見地から価値の高いもので、たぐいない国民の宝たるもの」とされ、文化審議会の審議を経て文部科学大臣によって指定されます。2017年(平成29年)9月現在、223件の建造物が指定されています。
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2017年12月10日日曜日
国宝とは
2017年10月26日木曜日
神戸市西区の国宝「太山寺」を訪ねて
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太山寺
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三身山(さんしんざん)・太山寺(たいさんじ)は天台宗の寺院で、元正天皇の勅願寺(ちょくがんじ)として、716年(霊亀2年)藤原鎌足の孫・藤原宇合の発願で建立、開山は藤原鎌足の長男・定恵(じょうえ)と「播州太山寺縁起」は伝えていますが、実際の創建は平安時代だそうです。南北朝期には支院41ヶ坊、末寺8ヶ寺、末社6ヶ社を有し隆盛を誇った太山寺も、現在は龍象院、成就院、遍照院、安養院、歓喜院の五ヶ坊となっています。創建時の建物は1285年(弘安8年)の火災で焼失、現存する建物は再建されたものです。しかし最盛期の南北朝時代の繁栄をしのばせる国宝・本堂を始め、国指定重要文化財・仁王門、阿弥陀如来坐像など18件、さらに安土桃山時代の枯山水名園・安養院庭園が国の名勝に指定されています。また、太山寺及びその周辺の17.3haは文化環境保存区域に指定され、境内の内外には原生林が残り、春は桜、秋は紅葉の名所として知られています。1955年(昭和30年)6月国宝に指定されました。
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2017年9月14日木曜日
加東市の国宝「朝光寺」を訪ねて
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鹿野山朝光寺
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朝光寺は高野山・真言宗で、651年頃、法道(ほうどう:後記参照)仙人の開基といわれ、本尊は十一面千手(せんじゅ)観世音菩薩です。山号は鹿野山(ろくやさん)といいます。本堂は、細部に和様・唐様の折衷(せっちゅう)様を呈した方七間の堂々たる建物で、1954年(昭和29年)国宝に指定されました。本堂の建築時期は、室町時代初期といわれています。鐘楼(しょうろう)は、国の重要文化財に指定されています。毎年5月5日の「鬼追(きおい)踊」は、1982年(昭和57年)県の指定無形民俗文化財に指定されました。
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2017年9月13日水曜日
小野市の国宝「浄土寺」を訪ねて
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極楽山浄土寺
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浄土寺は、鎌倉初期に重源上人(ちょうげんしょうにん)が建立した寺院です。中央に八幡神社、その前に池をはさんで浄土堂と薬師堂が向かい合うという珍しい配置となっています。浄土堂と堂内の阿弥陀三尊立像はともに、国宝に指定されています。このように建物と仏像が国宝に指定されているのは、浄土寺と京都宇治の平等院のみです。平安末期から室町時代まで、小野市の中心部は奈良東大寺の荘園大部荘に属し、経済的な拠点として重要な役割を果たしていました。1180年(治承4年)、平家の焼打ちで東大寺は焼失。その再建にあたり勧進(かんじん)職の重源上人は、現在の小野市を視察し、東大寺再建の経済的基盤として浄土寺を建立しました。浄土寺は、宝形(ほうぎょう)造り、本瓦葺きで東大寺南大門と並ぶ大仏様建築で、円形須弥壇(しゅみだん:後記)上の雲座(くもざ)の上に、高さ5.3mの阿弥陀如来像が建ち、両脇には高さ3.7mの観音勢至菩薩(せいしぼさつ)が建っています。いずれも、鎌倉時代の有名な仏師・快慶(かいけい)の作品です。浄土寺の背面は、壁を開放できる蔀戸(しとみど:板の両面に格子をくんだ戸のこと。)になっており、夕日が差し込むと後光として輝き、三尊が浮かび上がったように見え、西方浄土から現世に来迎(らいごう)する仏たちの姿が道的に表現されて宗教的演出効果の多彩な堂宇として、浄土堂にふさわしい建物となっています。浄土堂と向かい合わせに建っている薬師堂は、現在、浄土寺の本堂です。室町時代に焼失後、再建されましたが、大仏様に和様と唐様(からよう:中国風)が折りなされ、この時期の折衷様式で、国の重要文化財に指定されています。他には、重源上人を安置した開山堂や本瓦葺き入母屋造り袴腰(はかまごし)付きの鐘楼、本地垂迹説(ほんじすいじゃくせつ)に基づいて配された鎮守社、八幡神社の本殿、拝殿、それに俳人・松尾芭蕉を讃えるために建てられた句碑(くひ)などがあります。
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2017年9月12日火曜日
加西市の国宝「一乗寺」を訪ねて
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法華山一乗寺
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一乗寺は、西国三十三ヶ所・第二十六番札所の天台宗の寺院です。御詠歌(ごえいか)の「春は花 夏は橘(たちばな) 秋は菊 いつも妙なる 法の華山」の通り、桜と紅葉の名所として有名です。石段を上がると、常行堂と国宝・三重塔が見えます。この三重塔は、1171年(承安元年)の建立で日本を代表する古塔(ことう)で、屋根は、上になるほど小さくなり、安定感のある美しい塔です。その他、石造宝塔や奥の院・開山堂等文化財も多く、特に国宝に指定されている「聖徳太子及び天台高僧画像」は有名です。
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2017年9月11日月曜日
姫路市の世界文化遺産・国宝「姫路城」を訪ねて
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姫路城
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姫路城は、1609年(慶長14年)池田輝政公が築きました。選地(せんち:城を築く場所のこと)にあたっては、三方が山に囲まれ、東は市川、西は夢前川の中央に位置し、交通の要にあるこの地が城を築くのに最も適していたからだそうです。通常、城の縄張りには、「梯郭式(ていかく)」奥に進むほど高くなる構造、「連郭式(れんかく)」大手から三の丸・二の丸・本丸と列になっている構造、「環郭式(かんかく)」本丸を中心に外側へ、輪のように二の丸・三の丸が広がっている構造「渦郭式(かかく)別名:螺旋(らせん)式」三の丸から渦巻状にぐるぐる回って二の丸・本丸にたどり着く構造、以上、4種類あります。姫路城の縄張りは、大天守を中心に南の平野部へ左巻きに渦を描きながら螺旋状に広がった「渦郭(かかく)式縄張り」で、日本の城の中では江戸城と姫路城だけの珍しい縄張りだそうです。
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2017年9月10日日曜日
世界遺産とは
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World Heritage
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世界遺産とは、世界中の人たちの宝物として守っていく必要のある貴重な文化財のことです。世界遺産として登録されるためには、その遺産の価値が認められること、将来にわたって守っていく仕組みが整っていることなど、いくつかの条件があり、厳しい審査を受けなければなりません。そして世界遺産として登録されると、その国や地域は、全世界の代表として、その遺産を未来に向けて大切に守っていくことが求められています。日本は1992年ユネスコの世界遺産条約(世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約)を締結。
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2017年9月9日土曜日
加古川市の国宝「鶴林寺」を訪ねて
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鶴林寺
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鶴林寺・本堂
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589年、聖徳太子が16歳の頃、仏教をひろめるための道場「鶴林寺」を秦河勝(はたのかわかつ)に命じ造らせました。釈迦三尊と四天王を祀り「四天王寺聖霊院(しょうりょういん)」と称されたのがこの寺の始まりで、地元では「播磨の法隆寺」と呼ばれています。平安時代の壁画が見つかった県下最古の木造建築物・国宝・太子堂や、泥棒が盗み出し壊そうとしたら「アイタタ」という声が聞こえてきたため、改心したと伝えられている「銅造聖観音立像」など、多くの文化財が残っています。
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鶴林寺・太子堂
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