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2019年5月27日月曜日

御坂(みさか)サイフォン橋(眼鏡橋)

御坂サイフォン橋

御坂(みさか:眼鏡橋)サイフォン橋は、イギリス陸軍少将・パーマー氏の設計により、志染(しじみ)川の清流にかかる我が国最初のサイフォン(噴水管)橋で、1891年(明治24年)に完成しました。山から谷を通って向かいの山へ水を運ぶ、疎水(そすい)工事は、当時としては画期的な大事業で、1世紀以上経った今日でも立派な役割を果たしています。
三木市志染町御坂



2019年5月26日日曜日

三木鉄道記念公園

三木鉄道記念公園

2008年(平成20年)、廃線になった三木鉄道の旧三木駅周辺は、2010年(平成22年)三木鉄道記念公園として再整備されました。園内には、三木駅舎を改築した「三木鉄道ふれあい館」や地場産品の直売所、食事処、多目的広場などがあります。
三木市福井2-12-42



2019年5月25日土曜日

金物神社と三木市立金物資料館

金物神社

古式鍛錬場
金物神社は、天目一箇命(あめのまひとつのみこと)鍛冶の祖神(おやがみ:神として祭る祖先)、金山毘古命(かなやまひこのみこと)製鋼の祖神、伊斯許理度売命(いしこりどめのみこと)鋳物の租神の古代の三神を合祀し、金物業者共同の守護神として祀られています。1935年(昭和10年)、三木金物販売同業組合の呼び掛けで、この地に金物神社が創建されました。技量・人格ともに優れた匠が御番鍛冶(ごばんかじ:鎌倉時代、後鳥羽院の命により、1ヶ月交替で院に勤番した刀工のこと。)となり年番制で、11月第1土曜日に鞴(ふいご)の火入れ式(鍛造)が行われています。
金物神社
三木市上の丸町5-43

三木市立金物資料館

村のかじや記念碑
金物資料館は金物神社の境内にあり、三木市の金物に関する資料や金物製品の保存・公開されています。また、昔ながらの作り方や金物産業の歴史を学ぶことができ、「かじやさん」と呼ばれていた当時のことがよくわかります。
三木市上の丸町5-43



2019年5月24日金曜日

湯の山街道

湯の山街道

羽柴秀吉の三木城攻めの頃から、有馬の湯に通じる道は「湯の山街道」と呼ばれるようになりました。秀吉は、三木合戦の最中、兵卒のけが人に対して、この有馬の湯を汲んできて、安福田の野風呂で療養させたと伝えられています。また、参謀の竹中半兵衛も病気療養のため湯の山街道を通ったことは有名です。
この街道は、三木城から平山・芝町・大塚を通り、吉田に出て、神戸市北区山田町を通る山田道、又は、神戸市淡河町を通る淡河道を利用して湯の山(現在の有馬)に行ったといわれています。



2019年5月23日木曜日

旧小河家別邸

旧小河家別邸

旧小河家別邸は、明治から大正にかけて初代郡会議員、三木町長などを歴任し、三木銀行の設立に尽力し、政治家であり実業家としても活躍した小河秀太郎が明治末期に別荘として建てたものです。約2,200㎡の敷地に、緩やかな斜面を利用して主屋及び離れ座敷を中心に、前庭、主庭、中庭、裏庭、側庭の5つからなり、主庭は、池泉(ちせん)回遊式で池を中心に回ることができ、移り変わる景観を楽しむことができます。2007年(平成19年)に国の登録記念物として登録されました。主屋は、1929年(昭和4年)に来訪された朝香宮鳩彦王(あさかのみややすひこおう)の宿泊所になりました。上段の間や貴人用浴室、便所などを設ける等、明治時代の國包(くにかね:現在の加古川市上荘町国包)建具工や大工の技術の高さをうかがい知ることができます。2006年(平成18年)に国登録有形文化財に登録されました。
三木市本町3-6-24



2019年5月22日水曜日

旧玉置家住宅

旧玉置家住宅

旧玉置(たまおき)家住宅は、1826年(文政9年)上州館林藩(じょうしゅうたてばやしはん)の財政建て直しのため、切手会所(今の銀行)として建てられました。現在の三木市は、1747年(延享4年)~1842年(天保13年)までの約100年間、上州館林藩(群馬県)の飛び地領でした。1823年(文政6年)三木町中町に切手会所を開設。1826年(文政9年)切手会所(現在の旧玉置家住宅)完成、中町から移す。1875年(明治8年)玉置家の住宅となる。
三木市本町22-17



2019年5月21日火曜日

法界寺・別所家霊廟

法界寺・別所家霊廟

本堂
1580年(天正8年)正月17日、秀吉の三木城攻めで敗れた城主・別所長治が自刃(じじん)し、その遺体を法界寺(ほうかいじ)に埋めたと伝えられています。霊廟(れいびょう)や別所長治夫妻の霊牌(れいはい)及び画像・木像があります。毎年4月17日には、三木合戦記を絵物語にした大掛軸を使い絵解(えと)きが行われます。
別所家霊廟
三木市別所町東這田51



2019年5月20日月曜日

如意山金剛寺

如意山金剛寺

金剛寺(こんごうじ)は、651年法道仙人の開基。
825年、空海が諸国修業で立ち寄り、カヤの木で薬師如来を刻み、一堂を建立したと伝えられています。天正(備中)の兵乱で堂塔(どうとう)を失いましたが、大村由巳(ゆうこ:安土桃山時代の文学者)の尽力で1665年(寛文5年)に本堂が再建されました。
本堂
三木市大村1041



2019年5月19日日曜日

慈眼寺

慈眼寺

鼠小僧治郎吉の墓
本堂
慈眼寺(じげんじ)は、648年法道仙人の開基といわれています。一時、慈眼寺は荒廃しましたが、南北朝時代に播磨の守護・赤松則村(のりむら:法名、円心)によって再興されました。境内には、1868年(明治元年)東京両国の回向院(えんこういん)から分墓した鼠形(ねずみがた)の石の台座に墓碑を乗せた「鼠小僧(ねずみこぞう)次郎吉の墓」が祀られています。1309年(延慶2年)と刻まれた梵鐘(ぼんしょう:仏教で時を知らせるために打鳴らす鐘のこと。)は、県指定文化財に指定されています。この梵鐘は、三木合戦の際、秀吉の武将・有馬法印則頼(ありまほういんのりより)が寺の裏山に布陣し、陣鐘(じんがね)に使用していたといわれています。また、慈眼寺は紅葉の名所としても知られています。
慈眼寺の紅葉
三木市久留美1722



2019年5月18日土曜日

伽耶院

伽耶院

山門
仁王門
行者堂
開山堂
本堂
伽耶院(がやいん)は7世紀中頃、法道仙人が毘沙門天のおつげによって創建したという神秘的なお寺です。花山天皇の行幸もあり、最盛期は数十の堂宇(どうう:建物)と百三十余の坊(ぼう:社務所や僧侶の住まいのこと)があったといわれています。秀吉の三木攻めの兵火で焼失してしまいました。その後、江戸時代に姫路城主・池田輝政や明石城主・小笠原忠真らに帰依(きえ)され、一部再建されました。本堂・多宝塔・三坂明神社本殿・木造毘沙門天立像は、いずれも国の重要文化財に指定されています。体育の日の採燈大護摩(さいとうおおごま)には、山伏(やまぶし)姿の修験者が近畿一円から集まり、全山にホラの音がこだまし煙が立ちこめます。
<紅葉>
三木市志染町大谷410