2020年9月12日土曜日

赤穂義士ゆかりの地-相生市

若狭野浅野家陣屋

赤穂・浅野家の分家、若狭野・浅野家の陣屋跡です。約500坪の敷地には、藩札を作っていた札座跡や本宅・内庭・倉庫・馬屋・武器庫などがありました。近年その配置図も発見されています。本家は浅野内匠頭の刃傷事件で取つぶされましたが、それより前1671年(寛文11年)、若狭野12ケ村三千石の直参旗本(じきさんはたもと:江戸幕府に直属した一万石以下の武士のこと)として明治まで続きました。ちなみに、当陣屋の表門は相生市内の西法寺に移築されたそうです。
相生市若狭野町若狭野

浅野家菩提所・観音寺

若狭野浅野家の菩提所で、大石の銅像と赤穂義士絵巻がある。
相生市若狭野町福井580

大石良雄別邸跡

大石良雄が、備中松山城の開城にあたり、浅野内匠頭が城受取りを命じられたが、病気のため家老・大石良雄にその名代を命じた。大石は流血を避け、平穏に城を明け渡すことに成功。その功績として相生村を私領として賜り、相生の名家・海老名家に来遊し、ここの庭を好んだことから大石さんの別邸と呼ばれていた。1876年(明治9年)消失するが、庭の一部が残っている。
相生市相生2丁目

神崎与五郎孝子の井戸

赤穂義士・四十七士の一人、神崎与五郎が一緒に暮らしていた母の目の病を治すため、毎日無心で祈願していると「井戸水で目を洗うよう」お告げがありました。与五郎は、早速、母の目をその井戸水で洗ったといわれています。
相生市那波本町17-13



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