船越山・南光坊・瑠璃寺
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瑠璃寺(るりじ)は、新西国第三十三番霊場・播磨西国四十一番霊場です。728年(神亀5年)、聖武天皇の勅願(ちょくがん:天皇の祈願)により行基が開山しました。本堂・金堂・薬師堂など12の坊舎が建立されました。1200有余年の永きにわたり加持祈祷(かじきとう:病気・災難などをはらうために行う祈祷のこと)の修験道場としての伝統をもつ高野山・真言宗の名刹(めいさつ)です。ちなみに、坊名・南光坊は、旧南光町の町名の由来になったそうです。瑠璃寺の文化財は、国指定重要文化財や県指定文化財に登録されています。
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山門
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本堂門
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護摩堂
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佐用町昆虫館
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昆虫研究者として有名な故平山修次郎氏が東京・井の頭「平山博物館」に所蔵していた一部を展示されています。水族館型のテラリウム、アクアリウムを用いて昆虫や水生小動物を飼育展示し、身近に見ることができます。
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南光ひまわり館
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南光ひまわり館は、特産品のひまわり油やひまわりを使ったボディーソープ・うどん・ドレッシング・ひまわり油・ひまわりカレー・餅など販売。
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南光自然観察村
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全国名水百選の千種川沿いにオ-ルシーズンの本格的なアウトドア施設で、子供から大人まで楽しめます。
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播磨一本堂のしだれ桜
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昔々、千種7力村に影さすといわれたケヤキの大木。このケヤキを利用してお寺を建てることになりました。この一本のケヤキで建てられたことから光福寺は「播磨一本堂」と呼ばれています。光福寺は、根回り8m・高さ13m・樹齢約300年の「しだれ桜」が有名です。毎年4月には「光福寺桜祭り」が開催されています。
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南光ひまわり畑
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南光地域の畑に約120万本のひまわりが栽培されています。
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ひまわり祭り
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志文川堤防の桜並木
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志文川(しぶみがわ)沿いに約150mの桜並木があります。桜と同時に、レンギョウやユキヤナギなどの花も見ごたえがあります。
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下記の地図で所在地をご確認ください。
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播磨観光情報「のんびり播磨、ゆっくり散策」は、播磨の観光スポットや観光ルート、播磨の伝統文化、播磨のうまいもん、播磨のお祭りやイベント、播磨の文化が体験できる体験情報など、キメ細かく紹介する観光情報サイトです。
2017年2月13日月曜日
瑠璃寺とひまわりの町「旧南光町」を訪ねて
2017年2月8日水曜日
秀吉・毛利の合戦の地「旧上月町」を訪ねて
大垣内アジサイ園
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大垣内(おおがいち)アジサイ園は、集落活性化の取り組みとして平成15年開園。田植えの後の棚田風景とアジサイの花が楽しめます。
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立石孫一郎生家
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立石孫一郎(本名:大谷維敬)は、兵庫県佐用郡上月の大庄屋の長男として1832年(天保3年)1月生まれる。第二奇兵隊幹部の立石孫一郎は、倒幕を急ぐあまり仲間を引き連れて隊を脱走し、倉敷代官所などを襲撃、その後、幕軍に追われることとなり、1866年(慶応2年)藩命に背いたとされ千歳橋(山口県岩国市)の橋上で暗殺(35歳)されました。その場所の近くに、石碑と小さな祠が建てられています。幕末に生きた尊王攘夷(そんのうじょうい)の運動家。
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上月歴史資料館
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戦国時代、織田軍・毛利軍の激しい戦いの地となった上月城の歴史や明治の中頃から作られていた早瀬土人形、古くからこの地で作られていた和紙「皆田(かいた)和紙」の紙漉きの工程・紙漉き道具などが展示されています。
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皆田和紙・紙すき文化伝承館
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上月城跡
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1336年、上月次郎景盛が大平山に砦を築き、二代目の盛忠がこの地に移し、城を築きました。この地は、織田信長に命を受けて中国侵攻する秀吉勢と中国の毛利勢との境に位置したことでも有名な地です。尼子(あまこ)家再興に燃えた山中鹿介(しかのすけ)の最後の地としても知られています。また、山頂には赤松政範以下の戦死者の供養碑、麓には尼子一党の供養碑が残っています。
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集鳥山・清林寺
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740年(天平12年)行基菩薩の開基。真言宗御室派の寺院です。初夏の新緑、秋の紅葉は見事です。
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西新宿・おじいちゃんとおばあちゃんの花しょうぶ園
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「西新宿・おじいちゃんとおばあちゃんの花しょうぶ園」は、田んぼをそのまま残し、170種50万本の花しょうぶが植えられています。また、周辺の里山に咲くササユリ・アジサイ・山野草・園内には珍しいハス(大賀蓮)も鑑賞できます。
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下記の地図で所在地をご確認ください。
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2017年2月5日日曜日
乙大木谷棚田と西はりま天文台を訪ねて
佐用町について
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2005年(平成17年)10月1日、佐用郡の佐用町・上月町・南光町・三日月町が合併し、新たに「佐用町」が発足しました。佐用郡は、出雲街道と因幡街道が交差し、千種川水系の佐用川(さよがわ)沿いの盆地に「まち」が形成された地域です。(約8割が山林です)晩秋から冬にかけての早朝、「佐用の朝霧」と呼ばれる霧が立ち込めることでも有名です。
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安部清明塚と芦屋道満塚
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棚田が美しく広がる佐用町大木谷には、平安時代に活躍した陰陽道の大家「安倍晴明」と「芦屋道満」を祭った塚があります。安倍晴明塚は、様式や手法から室町時代前期に造られたもので、芦屋道満塚は1797年(寛政9年)に再建されたものだそうです。塚のほかにも、両者が矢を放って戦ったといわれる「やりとび橋」や、道満の首を洗ったといわれる「おつけ場」などの史跡もあります。
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安倍清明塚
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芦屋道満塚
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やりとび橋
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おつけ場
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乙大木谷の棚田
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千枚の広がり、昔ながらの農村風景が楽しめる「乙大木谷(おつおおきだに)の棚田」は、農林水産省の「日本の棚田百選」に選ばれています。9月中旬・秋の実りの時期には、黄金色に輝く美しい風景が広がります。
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兵庫県立大学・西はりま天文台
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公開天文台としては屈指の大型望遠鏡(60cmフォーク式反射望遠鏡)と終夜観測できるサテライトドームがあります。園内には、家族用ロッジなどの宿泊施設をはじめ、レストランやバーベキューガーデン・多目的グラウンドなど完備し、自然学校などの野外活動施設としても利用できます。宿泊者のみ大型望遠鏡で夜空を見ることができますが、毎週日曜日は一般観望会が開かれています。
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佐用都比賣神社
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佐用都比賣(さよつひめ)神社の創建は、奈良~平安時代以前といわれています。地元では「佐用姫さん」として親しまれています。
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大イチョウ
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町の象徴・大イチョウ(樹齢1000年)は、赤松氏が全盛のころ、ここにあった如意輪山・満願寺の境内に茂っていたイチョウが大木になりました。嘉吉の変(1441年)の兵火で寺は焼失しましたが、境内のイチョウの木は残りました。兵庫県文化財に指定されています。
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佐用(福原)城跡
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戦国時代末期、東西勢力拮抗の狭間で西の上月城、南の高倉城、東の利神城とともに赤松家の城郭群を形成していたが、1577年(天正5年)11月、羽柴秀吉が黒田孝高(官兵衛)、竹中重治(半兵衛)に攻撃させ落城しました。
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下記の地図で所在地をご確認ください。
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