2017年5月24日水曜日

姫路城下への西の入口「下手野」を訪ねて

瓦山(現:船越山)

瓦山(現:船越山)
ここ下手野の北東に船越山があります。この山が、青山合戦で黒田官兵衛が陣取った「青山」のことで、当時は「瓦山」と呼ばれていました。ここには、船越神社があります。

川会所

江戸時代、ここ下手野は姫路城下の西の入口にあたり、東西は西国街道が走り、北は作州街道と因幡街道、夢前川には渡し船の渡し場があり「川会所(川越しに関する事務を扱った役所のこと)」も設けられていました。このように下手野は交通の要として栄えた所でした。
右 誕生寺道
左 たつの

宿場町

ここには旅籠屋が建ち並び川留めの際には、西国の大名や幕府のお役人なども宿泊した、かなりの規模の宿場町でした。
<根拠>
①ここに姫路藩の「一里番所(江戸時代、幕府や諸藩が交通の要所などに設置した監視所のこと)」が置かれていました。残念ながら、遺構は残っていません。
②夢前川の東、西国街道の入口に「常夜灯」があり、「金毘羅大権現 常夜灯 文政十丁亥年 八月吉日 願主当村桔梗(ききょう)屋 世話人」と刻まれ、ここで旅籠を営んでいた桔梗屋が建立していることからも、ここが宿場町だったことが確認できます。

常夜灯
当時、桔梗屋の他に、大屋、井筒屋、まるや、大黒屋、油屋、花屋、からすき屋、材木屋などの旅籠屋があったそうです。残念ながら、遺構は残っていません。

下記の地図で所在地をご確認ください。



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