|
お夏清十郎物語・あらすじ
|
||
|
|
||
|
お夏・清十郎は、1662年(寛文2年)に姫路城下で実際に起きた駆落ち事件を題材にした一連の文芸作品のことです。
|
||
|
||
|
1625年(寛永2年)、姫路の米問屋(旅籠屋ともいわれている)「但馬屋(中門筋と西国街道の交差点の南)」に奉公していた室津の造り酒屋の息子・清十郎が、米問屋の主人に刀を振り重傷を負わせる事件が起きました。身分の違う者同士が結ばれない時代に米問屋の娘・お夏と恋仲になったことが原因でした。清十郎は、お夏の「かどわかし(誘拐の意味)」に加え、店の金持ち逃げの罪を着せられ、この騒動を知った当時の姫路城主・榊原忠次は、同じような事件が二度と起きないようにと清十郎を打ち首の刑に処しました。その処分をきっかけに清十郎を忘れきれないお夏は「清十郎さま殺さば、お夏も殺せ」と半狂乱で叫び、髪を振り乱して裸足で城下を歩き回る。という悲しい物語で、この悲劇は、事件後各地でさまざまな小唄に歌われ、全国に知れ渡り、井原西鶴の小説「好色五人女」の「姿姫路清十郎物語」や近松門左衛門の戯曲「五十年忌歌念仏」の「お夏と清十郎」の物語となりました。
|
||
|
||
|
|
||
|
京でも話題になるほどの美人
|
||
|
|
||
|
そのお夏さんの実家・米問屋・但馬屋(実際は旅籠・但馬屋)は、姫路城・中之門跡(国道2号線と中之門筋の交差点)から約50m南のところにあったと伝えられています。当時、お夏さんは、京(京都)でもお目にかかれないほどの美人と話題になったそうです。
|
||
|
|
||
|
慶雲寺のお夏清十郎比翼塚
|
||
|
|
||
|
姫路市野里の慶雲寺には、この世で結ばれなかった二人があの世で結ばれるようにと二つの小さなお墓が建てられています。毎年8月9日・10日には二人を供養する「お夏・清十郎供養まつり」が行われています。
|
||
|
慶雲寺のお夏清十郎比翼塚
|
||
|
||
|
|
||
|
|
||
|
|
播磨観光情報「のんびり播磨、ゆっくり散策」は、播磨の観光スポットや観光ルート、播磨の伝統文化、播磨のうまいもん、播磨のお祭りやイベント、播磨の文化が体験できる体験情報など、キメ細かく紹介する観光情報サイトです。
2017年5月31日水曜日
姫路の「お夏清十郎物語」
登録:
コメントの投稿 (Atom)

0 件のコメント:
コメントを投稿