福中町がメインストリート
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福中町は、江戸時代から明治・大正・昭和初期まで交通の要でした。旅館や商店が軒を並べ、姫路のメインストリートとして賑わっていました。
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人力車
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輪タク(イメージ)
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江戸時代、交通の要所として賑わった福中町は、駕籠(かご)・人足問屋・伝馬所などが建ち並んでいました。1869年(明治2年)人力車が東京で発明され、1873年(明治6年)橋本清七氏が人力車業を福中町で開業。当時、文明開化にふさわしい交通手段として話題になり、1889年(明治22年)人力車の所有台数300台と急成長し、昭和20年代まであったそうです。これに変わったのが、輪タク(自転車タクシーのこと)業で、姫路では昭和40年代後期まで中心部を走っていたそうです。
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料亭・あいらく園
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忍町周辺(十二所神社西側周辺)にあった「料亭・あいらく園」、姫路藩主・本多家の下屋敷を活用した風情のある料亭で、姫路市民を始め京阪神の人達からも親しまれ繁盛しましたが、残念ながら空襲で罹災(りさい)しました。
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第三十八銀行・竪町に開設
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1878年(明治11年)、廃藩置県で生業をたたれた各藩士の資産保持のため、明治6年から8年まで明治政府から支給された秩禄(ちつろく)公債(給与を支払うために出した国の債務)を拠出し、伊藤長次郎、近藤薫、永田伴正、岡崎真鶴の4名が発起人となり、資本金23万円で、第三十八国立銀行を竪町(松竹座跡)で設立。地場産業発展とともに成長し、1926年(昭和元年)に中呉服町に本店を新築し、1936年(昭和11年)12月、姫路銀行・五十六銀行・岡崎銀行などと合併。「神戸銀行」として本店を神戸市に移した。
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姫路市役所・白銀町に開庁
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1889年(明治22年)に市制が施工。同年8月18日、白銀町(中国銀行付近)の生田医院を借上げて姫路市役所開庁。家賃は月5円だったそうです。1897年(明治30年)北条口の新庁舎に移転しましたが、空襲で罹災。公会堂に仮住まい。1947年(昭和22年)5月本町に移転。1980年(昭和55年)現在の安田4丁目1に移転。
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下記の地図でご確認ください。
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2016年11月26日土曜日
姫路城下・明治時代にタイムスリップ1
ラベル:
姫路市中部の観光地を訪ねて
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