2018年9月11日火曜日

赤穂義士の首領「大石良雄」

大石良雄(内蔵助)

大石良雄像
JR赤穂駅前
大石良雄(よしたか:内蔵助)は、21歳の若さで赤穂藩家老になり、山鹿素行に軍学、伊藤仁斎に儒学を学び、赤穂藩主・浅野長矩(ながのり)を支えました。1701年(元禄14年)藩主・浅野長矩が江戸城内で吉良義央(よしなか)を傷つけ、即日除封切腹となります。家老・大石良雄は浅野家の名誉回復を図り、幕府に嘆願するが受け入れられず、1702年(元禄15年)、旧藩士の同士46名を卒いて、江戸本所(ほんじょ)松本町・吉良邸に討ち入り仇討ちを成就。翌年切腹。後に「忠臣蔵」として劇化され、その統率力と実行力が認められ、国民的ヒーローとなりました。
大石邸長屋門
大石神社
赤穂市上仮屋旧城内


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