2019年3月11日月曜日

利神城跡と平福陣屋

利神城跡

利神城跡(りかんじょう)は、1349年(貞和5年)赤松一族の別所敦範(あつのり)が利神山に山城を築き、赤松一族の拠点として栄えたところです。1600年(慶長5年)関が原の戦のあと、姫路城主(52万石)池田輝政公の甥・池田出羽守由之(でわのかみよしゆき)が、平福領主(23,300石)となり、山麓の城主屋敷や街道沿いには町人地など、5年の歳月をかけ城下町を築きました。利神山の三層の楼閣(ろうかく)は、「雲突城(うんとつじょう)」と呼ばれました。山頂(標高373m)に登れば、本丸・二の丸・大坂丸などの石垣が当時の姿を残していますが、現在、登山道が荒廃しているため登ることはできません。貴重な観光資源、登山道の早期復旧を期待したいものです。
佐用町平福

平福陣屋

この宿場町を見下ろす高台(道の駅ひらふくの南隣り)に旗本采地(さいち)陣屋の平福陣屋があります。この陣屋は、1640年(寛永17年)に播磨山崎城主・松平(松井)康映の子康朗が5000石を領内分知され、旗本采地陣屋を平福に構え、松井・松平氏が代々この地を治めました。現存している陣屋門は、元治元年代官・佐々木平八郎が再建したものです。
佐用町平福


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