2020年2月2日日曜日

新聞の父「ジョセフ・ヒコ(浜田彦蔵)」

ジョセフ・ヒコ

ジョセフ・ヒコ(浜田彦蔵)は、加古郡阿閇村(現・播磨町)生まれ。幕末に活躍した通訳・貿易商。1850年「栄力丸」で江戸を出航、遠州灘で遭難。52日間漂流し、アメリカ船「オークランド号」に救助され、翌年サンフランシスコ着。その後は海員や学校生活をし、1858年アメリカに帰化し「ジョセフ・ヒコ」と名乗り、日系アメリカ人第1号となった。1859年T・ハリス公使の通訳として神奈川に帰着。1862年貿易業を営む。1864年6月日本最初の民間新聞「海外新聞」を創刊。その後、通訳や大蔵省に勤務。享年61歳。
ジョセフ・ヒコ生誕の地記念碑は「播磨町本荘1丁目9」に建立されている。
播磨町公民館(播磨町東本荘1丁目540)の正面玄関の脇に「ジョセフ・ヒコ銅像」がある。


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