広畑について
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旧広村は、姫路の西部を流れる夢前川の堆積作用によってつくられた地域で、この一帯に広々とした畑が広がっていたことから「広畑」と名付けられました。1937年(昭和12年)飾磨郡広村の海岸を埋め立て、日本製鐵㈱広畑製鉄所を建設。
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港湾整備が進められ工業地帯として発展、新日本製鐵広畑製鐵所(現・新日本住金広畑製鐵所)の企業城下町として、永く播磨臨海工業地帯の有力な一角を占めてきた。
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廣畑天満宮
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715年以前に祀られていた「廣辻神社」に始まり、現在、廣辻神社は廣畑天満宮の境内社になっています。1869年に京都の北野神社(現・北野天満宮)から勧請し、播磨国飾西郡(しきさいぐん)廣畑村の氏宮「天満社」として建立されました。それで地名を北野町と名付けたそうです。神社の東を流れる夢前川(ゆめさきがわ)沿いに祀られていた蛭子大神と天児屋根命を迎え合祀しました。
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菅原神社
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小坂の氏神で祭神は菅原大神。菅公が左遷で九州に流される途中、天候が悪くなり船が進まず余儀なく英賀の田井ヶ浜に上陸した時、自作の木像「我久(浜辺の字名)」という所に流れついていたのを祀ったと伝えられている。
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<力石>
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江戸から昭和初期まで全国津々浦々の集落で「力石」を使った力くらべが行われていました。
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<郡境石>
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郡境石(ぐんきょういし)は、先端部にV字状にくぼみがあり、郡境を見通せるようになっています。石の表は「郡境」と大きく彫られ、その下に「飾磨郡」「揖保郡」と刻まれています。
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田中酒造場
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1835年(天保6年)に創業、「名刀正宗」という銘柄を主に造り続けきた田中酒造場。1988年(昭和63年)「大吟醸・白鷺の城」が全国新酒鑑評会で金賞を初受賞してから7年連続受賞、通算17回受賞されています。酒造場は、各時代の建物が今も残っており、1996年(平成8年)姫路市都市景観重要建築物等に指定されました。
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京見会館
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1941年(昭和16年)広畑製鉄所の迎賓館として造られました。設計は、フランク・ロイド・ライト(旧帝国ホテル設計)の一番弟子・遠藤新(あらた)氏で、大型客船のキャビンを模して造られたリビングルームや広い洋風のダイニングルームが特徴です。(非公開)
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下記の地図で所在地をご確認ください。
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2017年8月12日土曜日
企業城下町として栄えた「広畑」を訪ねて
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