童謡の里・龍野について
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たつの市は、童謡「赤とんぼ」の作詩者・三木露風(ろふう)の生誕地であることから、1984年(昭和59年)10月7日「童謡の里宣言」をしました。
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聚遠亭
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昔々、松平定信が龍野藩に来遊されたそうです。ここからの眺望絶佳をたたえて「聚遠(しゅうえん)の門」と呼ばれてからいつの頃か聚遠亭と名づけられました。心字池(しんじいけ)上にある浮堂の茶室は安政年間城主・脇坂安宅が京都所司代の職にあって御所が炎上したとき、その復興に功績があり孝明天皇から拝領したと言い伝えられています。庭園池などと調和した書院造りを模した数奇屋風の建築です。隣は、裏千家鵬雲斎千宗室家元に「楽庵(らくあん)」と命名された茶屋だそうです。
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野見宿禰神社
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相撲の元祖、野見宿禰(のみのすくね)が故郷の出雲に帰る途中この地で病死、出雲から来た多くの人々が石を運び、墓を築いたと言われています。
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龍野神社
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藩主・脇坂家の始祖・甚内安治が祭られています。安治は賤ヶ岳(しずがたけ)七本槍の一人に数えられた武将です。
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龍野公園
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龍野城
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市の中心部は脇坂藩五万三千石の城下町で、市街には武家屋敷・白壁の土蔵が今も残り、この地域は「播磨の小京都」といわれています。龍野城は約500年前、赤松村秀によって鶏籠(けいろう)山頂に城築かれ、4代目の1577年(天正5年)羽柴秀吉に城を明け渡します。その後、山麓に築城し、1672年(寛文12年)信州飯田から脇坂安政(やすまさ)が入府し、以後、脇坂藩は明治まで続きました。歴代城主では、赤穂城請取りの脇坂康照(やすてる)寺社奉行の時、延明院事件を裁いて老中になった十代安重(やすただ)は、外様大名でただ一人老中になりました。また、井伊直弼が暗殺された「桜田門外の変」当時の老中・安宅(やすおり)が有名です。
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本丸御殿
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龍野歴史文化資料館
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1989年(平成元年)龍野城内の一角にオープン。龍野と揖保川流域の歴史を「原始時代の龍野」「古代の山陽道」「中世の筑紫大道」「龍野城主と城下町」「近世の街道と揖保川」の5つのテーマで紹介。
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上川原の町並み
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如来寺
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下記の地図で所在地をご確認ください。
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2016年12月7日水曜日
龍野城と龍野公園周辺を訪ねて
ラベル:
西播磨の観光、たつの市・太子町を訪ねて
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