2017年6月15日木曜日

播州葡萄園とため池のまち「稲美町」を訪ねて

稲美町について

加古郡加古村と母里村・天満村が合併し、「稲美町」となりました。万葉集に「いなみ野」と詠(よ)まれ、水に乏しい台地を先人たちが切り開き、ため池で灌漑(かんがい)用水を確保し、農業営んできました。明治以降は、悲願であった淡河川・山田川両疎水(そすい)の完成で水田開発が進みました。町内には88ヶ所にため池が点在し、ため池や水路・水田・集落などによって構成された特有の景観は、文化庁から「稲見のため池群」として文化的景観の重要地域に選ばれました。
加古大池

ため池百選

天満大池
農林水産省・ため池百選に、「天満大池」「いなみ野ため池ミュージアム」が選定されました。

いなみ野ため池ミュージアム

東播磨地域には、県下最大の加古大池、県下最古の天満大池、絶滅が心配される生き物が暮らすため池やそれを結ぶ水路及び歴史的な建物など個性豊かな農業用施設があります。これら貴重な水辺空間をより素晴らしい姿で次の世代に引き継いでいくため、ため池を核とした魅力一杯の地域づくりをめざす活動を「いなみ野ため池ミュージアム」といいます。

「いなっち」世界一

2014年1月、町内産のチャベツ・大根・ニンジンなど数種類の野菜約24,000個を3時間かけて並べ、町のイメージキャラクター「いなっち」のモザイクアートに挑戦。縦20m・横20.1mの402㎡の大きさで記録更新、世界一に!!それまでの世界一は、群馬県伊勢崎市で作られた381㎡でした。

鳴岡稲荷神社

鳴岡稲荷神社(なるがおか)は、参道にある39の鳥居が境内へと続きます。鳴岡は、社殿の裏の地面を力強く踏むと音がしたことから名付けられました。
稲美町鳴岡西2843

高薗寺

高薗寺(こうおんじ)は、7世紀中頃法道仙人(中国・朝鮮を経由して日本に渡ってきたインドの仙人)の開基といわれています。この寺が最も栄えた頃には、32坊が軒を連ねましたが、秀吉の三木攻めなどで大半を焼失しました。境内では、四国88ヶ所、西国33ヶ所めぐりができ、約200本の表情豊かな石仏が祀られています。
稲美町野寺851

播州葡萄園跡

播州葡萄園は、明治初期の殖産興業政策・国家プロジェクトの一つで、欧州産葡萄の栽培とワインの醸造などを目的に開設された国営の葡萄園です。しかし、この葡萄園に関する資料がほとんど残っていないため、長い間幻の葡萄園といわれていました。1996年(平成8年)に醸造場跡・園舎跡・国産最古級のワインのビンなどが次々に発見され、2006年(平成18年)約5haが国指定史跡に指定されました。万葉の森入口に「播州葡萄園歴史の館」を開設し、写真パネルなどで紹介しています。
稲美町国安1286-55

万葉の森

古代より万葉集に詠(よ)まれた「いなみ野」の中心にあり、この万葉の森は、当時の「いなみ野と瀬戸内海」を形造った日本庭園です。120種類の万葉植物や歌碑・憩いの館などがあります。
稲美町国安1286-7

天満神社

祭神(さいじん)は菅原道真公・弁財天・池大明神で、菅原道真がこの地に立ち寄られたという話が残っています。道真の生涯を描いた掛け軸・天神曼荼羅(まんだら)は町指定文化財です。社殿裏の杉の切株には、秀吉の社殿取り壊しを中止させた「大蛇の話」が残っています。その話は、社殿を取り壊しかけた際、神木から社殿の上に大蛇が現れたという。これを見た秀吉は、「捨て置け、捨て置け」と言いつけたことで、社殿の取り壊しを免れたという話です。本殿裏に大蛇がいた神木が残っています。
稲美町国安538

円光寺

円光寺(えんこうじ)は、743年(年)に行基が開基した真言宗の寺で、もとは天満神社境内にあったそうです。1868年(明治元年)の神仏分離令により現地に移されました。本尊は阿弥陀如来で、空海署名の弁財天・室町時代の地蔵菩薩などがあります。中でも十一面観音には、秀吉により滅ぼされた三木城主・別所氏にまつわる話が残っています。墓地にある五輪塔は、町指定文化財に指定されています。境内にある高さ7mの「カイヅカイブキ」は、町指定の天然記念物で、樹齢約400年といわれています。
稲美町中村14

下記の地図で所在地をご確認ください。



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