2017年6月23日金曜日

国宝・朝光寺と東条湖周辺を訪ねて

加東市について

加東市の北部は、中国山地から連なる御嶽山(みたけさん)、源平古戦場・三草山(みくさやま)、五峰山(ごぶさん)などがあります。加古川などに沿って河岸段丘と沖積(ちゅうせき)平野が形成され、南部には嬉野(うれしの)台地、加古川右岸には青野ヶ原(あおのがはら)の丘陵地が広がっています。
加古川の支流・東条川・出水(いでみず)川・千鳥川・吉馬(よしうま)川・油谷(あぶらたに)川などが流れ、農業用水として多数のため池が築造されました。加東市の北東部一帯は、「東条湖立杭県立自然公園」に指定されています

播州・清水寺

播州・清水寺(きよみずでら)は、天台宗の寺院で西国第二十五番霊場です。1800年前、天竺(てんじく:古代インドのこと)僧の法道が創建したといわれています。627年には、推古天皇直々に根本中堂が建立され、725年には、聖武天皇が行基(ぎょうぎ:後記参照)に命じて、講堂を建立されたといわれています。清水・東条湖立杭(たちくい)県立自然公園内にあり、海抜550mから瀬戸内海・淡路島・明石大橋が見渡せます。春には桜・シャクナゲ・アジサイ、秋には紅葉が楽しめます。
加東市平木1194

東条湖

兵庫県南東部、東条川の支流鴨(かも)川につくられた人造湖で、東播磨内陸部の水田灌漑(かんがい)用として、1951年(昭和26年)に完成しました。
東条ダムの堰堤(えんてい:堤防)の高さは43m・長さは97mで、このダムの完成により、新たに田畑が数多く造成されました。「清水・東条湖・立杭県立自然公園」で、湖畔には遊園地の東条湖おもちゃ王国や別荘地、ゴルフ場など多くのレジャー施設が整っています。
加東市黒谷

黒谷若宮八幡宮本殿

1962年(昭和37年)に国の重要文化財に指定。三間社流造、正面軒唐破風付、柿葺で唐破風の桁(けた)は向拝(こうはい)から身舎(もや)へ登りにかかり、このような流造(ながれづくり)で登桁を用いた唐破(からは)風造形式の神社建築は全国でも数例しかないそうです。
加東市黒谷275

国宝・朝光寺

朝光寺(ちょうこうじ)は高野山・真言宗で、651年頃、法道(ほうどう:後記参照)仙人の開基といわれ、本尊は十一面千手(せんじゅ)観世音菩薩です。本堂は、細部に和様・唐様の折衷(せっちゅう)様を呈した方七間の堂々たる建物で、1954年(昭和29年)国宝に指定されました。本堂の建築時期は、室町時代初期といわれています。鐘楼(しょうろう)は、国の重要文化財に指定されています。
毎年5月5日の「鬼追(きおい)踊」は1982年(昭和57年)県・指定無形民俗文化財に指定されました。
鐘楼
加東市畑609

平池公園

平池公園は、2000年の眠りから目覚めた大賀ハスや珍種のハス、スイレンを多数栽培。自然観察と憩いの場として、四季折々の彩りが楽しめます。
加東市東古瀬453-1

<参考>

法道仙人とは
法道仙人(ほうどうせんにん)インドの仙人。6~7世紀頃、中国・朝鮮半島を経由して日本に渡ってきたといわれています。播磨国一帯の山岳などに開山・開基し名を遺(のこ)しています。

行基とは
行基(ぎょうき)は、奈良時代の日本の僧侶(そうりょ)です。布教活動を禁じた時代に、禁を破り畿内(近畿)を中心に民衆や豪族など階層を問わず困窮(こんきゅう)者のための布施屋(ふせや:運搬夫や旅人のためにつくられた宿泊施設)を9所設け、数々の社会事業を各地で成し遂げられました。当初は、朝廷から度々弾圧などされましたが、民衆の圧倒的な支持があり、その力を結集して逆境を跳ね返されました。その後、大僧正(だいそうじょう:最高位の位で行基が日本最初)として聖武天皇により奈良の大仏(東大寺)造立の実質上の責任者として招聘(しょうへい)されました。この功績により東大寺の「四聖(ししょう:後記参照)」の一人に数えられています。

四聖とは
四聖(ししょう)とは、本願(ほんがん)の聖武(しょうむ)天皇、開基の良弁(ろうべん)、勧進(かんじん)の行基、導師(どうし)の婆羅門僧正(ばらもんそうじょう)の総称です。

下記の地図で所在地をご確認ください。



0 件のコメント:

コメントを投稿