播磨町について
|
|||||||||
播磨町の面積は、9.13k㎡と兵庫県下では最小の面積で、その3割が人工島です。この人工島には、一般機械器具製造、化学工業を中心に約60社が操業しています。また、人口は多く、町別の人口密度では全国で5位(2016年度)にランクされています。
|
|||||||||
播磨町立郷土資料館
|
|||||||||
1985年(昭和60年)大中遺跡に隣接して建てられました。資料館は、遺跡の出土品をはじめ播磨町の先覚者ジョセフ・ヒコや今里傳兵衛など業績がわかりやすく展示されています。隣には、廃線となった別府鉄道の機関車・客車が屋外展示されています。
|
|||||||||
|
|||||||||
大中遺跡
|
|||||||||
1962年に発見された大中遺跡(おおなか)は、弥生時代後期から古墳時代前期(約1900年前)の遺跡で、いろいろな形の竪穴住居跡が約90棟発見されています。敷地内には、茅葺の住居が10棟復元され、隣接する播磨町郷土資料館では大中遺跡の様々な出土品や資料を見ることができます。また南隣の「兵庫県立考古博物館」には兵庫県内各地から出土した考古資料が多数展示されています。1967年(昭和42年)国指定史跡に指定されました。
|
|||||||||
|
|||||||||
兵庫県立考古博物館
|
|||||||||
遺跡数が全国1位の兵庫県の考古学の拠点として2007年(平成19年)に開設されました。
|
|||||||||
|
|||||||||
愛宕塚遺跡
|
|||||||||
|
|
|||||||||
愛宕塚遺跡(あたご:県指定文化財)は、古くから「愛宕さん」として信奉されてきました。この遺跡は、古墳時代中期のモノで周濠を備えた円墳で、古墳頂部に愛宕権現の祠(ほこら)がまつられていることから名付けられました。東西南北約22m、古墳頂部の標高は15.3mの円墳で幅4.5mの周濠があります。
|
|||||||||
|
|||||||||
阿閇神社
|
|||||||||
|
|
|||||||||
阿閇神社(あえ:本殿・県指定文化財)は、一間社(いっけんしゃ)春日(かすが)造、檜皮葺(ひわだぶき)の同形・同規模の本殿が南北線上に並んでいます。いずれも正面の縁(えん)を廊橋(ろうきょう)で結ぶ形式をとっており、特に四社が軒を近接して並立する配置は他に類似例が少ないことから県指定文化財に指定されました。
|
|||||||||
|
|||||||||
ジョセフ彦生誕の地記念碑
|
|||||||||
ジョセフ彦は、13才(1850年)のときに漂流し、アメリカ商船に救出され渡米。1858年(安政5年)、日本人として初めてアメリカの市民権を取得、翌年ハリスの通訳として帰国し、その後、日米の架け橋となって活躍しました。また、わが国で最初の新聞「海外新聞」を創刊し、「新聞の父」と呼ばれています。この記念碑は、ジョセフ彦の功績を称えて建立されたものです。
|
|||||||||
|
|||||||||
下記の地図で所在地をご確認ください。
|
|||||||||
|
|
|||||||||
播磨観光情報「のんびり播磨、ゆっくり散策」は、播磨の観光スポットや観光ルート、播磨の伝統文化、播磨のうまいもん、播磨のお祭りやイベント、播磨の文化が体験できる体験情報など、キメ細かく紹介する観光情報サイトです。
2017年6月14日水曜日
大中遺跡と県下最小のまち「播磨町」を訪ねて
登録:
コメントの投稿 (Atom)






0 件のコメント:
コメントを投稿