2017年10月18日水曜日

播磨灘の美味しい塩

赤穂の塩

流下式塩田
塩造りの手法は、製塩土器で塩水を煮詰めて塩を得ることから始まったと考えられています。江戸時代に入浜式の塩田が開発されると、遠浅の浜を持ち日照時間の多い瀬戸内地方は、塩業の盛んな地域として発展しました。また、塩業は単位あたりの収益が水田の10倍と言われました。赤穂は藩の政策で、千種川河口付近に大規模な塩田を開発し、江戸をはじめ全国的に有名となりました。1701年(元禄14年)忠臣蔵の松の廊下の刃傷事件でも、塩が原因のように語られています。
赤穂海浜公園内の赤穂市立海洋科学館・塩の国は、揚浜式塩田、入浜式塩田、流下式塩田など、かつての製塩技術を復元した施設で、実際に塩づくりを体験することができます。
また、国指定重要有形民俗文化財の製塩用具が赤穂市立歴史博物館に展示されています。

姫路市大塩町の塩田

姫路市大塩町は、古くから塩どころとして知られ,その始まりは平安の昔との説もありますが、当地の製塩業は、天保(てんぽう)年間(1830~1844)の干拓化で始まったといわれています。兵庫県下では赤穂に次ぐ広い塩田でしたが、イオン交換法による化学的製塩時代を迎え、1971年(昭和46年)製塩業を終えました。


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